ここでは蟻たちがパリよりも大きいんだよ

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 その後、ふたりでサン・クルー公園の中を、黙って並んで歩いた。空気は湿っぽく、人はみな銅像に見えた。キャフェでまたビールを飲んで、芝生で休むことにした。彼は煙草を一本取り出し、誰かに火を貸してもらおうと立ち上がって行った。それだけで、動悸が速くなる。もし、このままいなくなってしまったら?彼から目が離せない。散歩道で若い女の子が、彼にライターを差し出した。ふたりは、二言三言、言葉を交わしている。私は、視界が混乱して鋭い痛みを感じる。彼が戻って来た時、私の心臓は溶けていくようだった。
 セバスチャンは寝転んで、うつらうつらしている。なんて綺麗なの。こんなにすべすべ・・・私は彼の顔にあるホクロを数えてみた。21。私の誕生日と同じだ。

 公園を出ると、日が落ちかけていた。ふたりの影法師が、やたらに大きい。彼はまだあちこち案内してくれながら、思い出話しを続けていた。私はそれを、半分上の空で聞いていた。もう少ししたら、行かなくちゃ。悲しいな。
「何を考えてるの?」
「べつに、何にも」
 通りの先のキャフェまで行って、最後の一杯を飲むことにした。店主がもう店を閉めかけていたので、私たちはイスを借りて、横手のテラスに持ち出した。私は、そこにある壁画を眺めた。波が鱗のように光っている海の上を、カモメが飛んでいる。
「お気に召しましたかな?」
瞬間、鳥肌が立った。知ってる、この声・・・女たらしのサチュロスだ!びっくり!
この人、全然変わっていない。もっとも、昔からじいさんなんだけど。リセの向かいにあったヴィラールというキャフェに入りびたって、片ぱしから女の子を引っかけていた。この人がある日、私のことをモディリアーニの絵の女の人に似ていると言ったんだった。そんな事を言われて、まるで無理やりキスでもされたみたいな気分になった・・・
「これは、二十年前に私が描いたんですよ」
セバスチャンがほめ言葉を言っている間に、私はもう一杯頼もうと逃げ出した。戻り際、サチュロスとすれ違った。ギョロ目がしたたり落ちて、気持ち悪い。
「モディリアーニの絵に似ているって、誰かに言われたことはない?」
「ないわ」
セバスチャンのところに戻ると、彼は向かいの建物をアゴで指した。
「あそこは、レプリカの工房なんだ」