ここでは蟻たちがパリよりも大きいんだよ

(2009年『Something9号』掲載)

 私のベッドに彼がいる。名前はセバスチャン、25歳。巻き毛で、目の眩むような白い肌をしている。
「行こうか?」
「うん」
 どちらにしろ、行くしかない・・・彼はクエットをはねのけて、さっとズボンをはいた。右のお尻の小さな茶色のアザが、チラッと見える。私の背中にも同じのがあるので、ふたりの共通点を見つけたような気がした。
 メトロに乗って向かい同士に座る。すっかり気詰まりな気分で、私はただ自分の足を眺めている・・・
 私たちは昨夜、アクア・ネビュラというグループのライヴで知り合ったのだった。私がビールを取りにバックステージに入っていくと、そこの真ん中でチョビ髭をいじくり回しながら、ウロウロと歩き回っている彼がいた。水玉の上着に帽子といういでたちで、いたずらっ子みたい・・・彼はハタと立ち止まった。そして、まるで二十五年間私を待っていたみたいに、顔を輝かせて言ったのだった。
「やあ、君!」
「コンチワ」
 私はビールを失敬して出て行ったが、その後トイレから出てくる時に、バッチリ彼に鉢合わせしてしまった。
「ヨウ!」
彼は声をかけてきたけれど、私は振り払う仕草をして、踊りに戻った・・・
 飛び跳ねて踊っている彼の姿は、確かに実在の人間だ。コイツ、何だか癪にさわる。それなのに、意思と関係なしに惹き付けられる。大きな体をゴムみたいに伸縮させたり、タガが外れた動きをしたりして、彼は自分の体を追いかけているみたいに見えた。かと思えば急にピタリと静止して、宙を見ている。変なヤツ。私は、ダヴィッドのいるバーへ引きあげた・・・
 誰かの手に頭をくしゃくしゃっと触られて、私はびっくりして飛び上がった。またコイツ!
「ほっといてくれない?」
彼はまるでたった今私から愛の告白をうけた人みたいに、にっこり笑って、素早く私のほっぺにキスをした。そして、消えた。
 今のうちに帰ろう・・・と急いで外に出たら、また、いた。
「送っていくよ」
夢でも見てるの・・・