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「けっこうよ!」と言って、私はタクシーに乗り、乱暴にドアを閉めた。彼はそのドアを開けて私の横にすべり込んで来た。
「何処へ行こうか?」
「どこへも!」
「しーっ、君どこに住んでるの?おちびちゃん」
おちびちゃん、ですって ?! 私は頭にきて、運転手に住所を言ったきり車の窓に顔を寄せていた。横にいるいたずらっ子は、うなだれて私の肩を軽くたたいた。
「心配しなくてもいいよ。何もしないから。僕はただ君と一緒に眠りたいだけなんだ」
「そんなこと、したくもないわ、私は。わかる?」
彼はじっと私を見つめた。
「ごめん・・・」
「もういいわ。ちょっと考えさせて」
彼は顎をつまんでぶつぶつ言っている。
「だめだ、だめだ・・・バカバカしい・・・」
やっと分かったようね、と思っていると、タクシーが着いた。そこでなんと彼はきっぱり言ったのだ。
「君んちに行くよ」
私は唖然としたけれど、もうクタクタだった。何でもいいから、ただ眠りたかった・・・
はっとして、目が覚めた時、彼は窓のそばで煙草を吸っていた。私の方を向いてぽつりと、「明日、僕のうちに行こう」と言った。うっとりするような声だった。静かで有無を言わせないものがあった。私は思わず、「いいわよ」と、答えていた。
「いいね。じゃあ、今はぐっすり寝るといい」
おとぎ話をしてくれるみたいに、彼はベッドに腰をかけた。
むかしむかし、サン・クルーというところに・・・テラスからの眺め、庭に広がる花壇、市民プールがすっかり見えるピッツェリア・・・彼の目は、カミソリの刃のように光っていた。ああ、お母さんが、生まれ故郷の満州の話しをしている時とそっくりだ・・・