ここでは蟻たちがパリよりも大きいんだよ

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 終点でメトロを出て、私たちはブーローニュとサン・クルーの境の橋を渡った。
空は真っ青で、新鮮な空気に肺が満たされる。セーヌ川とセーヴルの森が遠くに見えて、ここでは何もかもが、巨大で野性的に思える。セバスチャンまでも、昨日より大きく見える。この肩!まるで大きな鳥じゃない・・・
 小高い丘の小さな教会を指して、彼が言った。
「あそこは歴史的に重要な所なんだ」
こんな所?歴史的に重要?
「何?」
「何も言ってないわ」
「聞こえたよ」
 私は立ちすくんでしまった。
「おいでよ」
催眠にかけられたように、彼について行く。私たちは、大通りに沿ってしばらく歩き、それから歩行者道に入った。その時、また始まった。あの悪夢の幻覚。しっかりしなくちゃ。ほら、起きて!私は大きく目を見開いてみる。真っ白。何もかもが真っ白になる。教会も広場も、立ち並ぶ家々も、何もかも・・・誰かがやって来る!黄色い髪をした気取った女の人がふたり、高笑いしながらスローモーションで通り過ぎる。私たちは、木におおわれた階段を通って、広場を後にした。この木・・・緑。青リンゴの緑だ。子供のお絵かきみたいな、緑だ。
 彼は門を開けた。生け垣を通り抜けると、そこには長方形の大きな噴水があって、左右対称の三棟の建物が水に映っていた。右の通路に入ると、また別のマンションが建っていた。私は機械的に記憶する。ナンバー15、4階、中央のドア。
 ドアを開けると、魔法みたい、何もかも揃っている。サイドテーブル、テレビ、大きなソファー、古い一人掛けのソファーが二脚・・・明るい日差し、テラス・・・モミの木に、芝生に、タツノオトシゴの形をしたジェラニウムがこんなにいっぱい。首を伸ばしてみると、わぁパリ!おもちゃの模型のようなパリが見える。お土産物みたいなエッフェル塔、小ちゃなサクレクール寺院、豆粒ほどのオペラ・・・
 突然二本の腕が、私を欄干に押し付けた。驚いて振り向くと、彼が私を見つめて、そしてニヤッと笑った。血が凍り付く思いがした。この人、私を突き落とすつもりなんだわ。助けて!ああ、声が出ない。ガラスの魚になったみたい・・・彼は笑いながら離れたが、私はそのままバスルームに駆け込んだ。さあ、落ち着いて。私は顔を洗って、何となく戸棚を開けた。ええ!マスカラ!
 彼が心配してドアをノックする。
「大丈夫かい?」
「うん」
出て行くと、彼に腕をつかまえられた。
「あれは、妹のなんだ」
「何のこと?」
「分ってるだろう?」
私は真っ赤になって、目を伏せた。
「君が赤くなるの、大好きだよ」
「ほっといてったら」
「いいよ、じゃあ」