ここでは蟻たちがパリよりも大きいんだよ

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 私から離れて、彼は廊下の奥に消えてしまった。静けさのせいで、耳が聞こえなくなる。動揺した私は、「セバスチャン ?!」と呼んだ。返事はない。寝室に入っていくと、ストールは下ろされていて、彼はベッドで煙草をふかしていた。私は何がなんだか分からなくなって、この世の果てで最後に生き残った人間と、たった二人で取り残されたような気分になっていた。
「何か食べに行こうか?」

 私たちは、例の歴史的に重要な所に向って下りて行った。途中で、一匹の野良猫が薮から飛び出して来た。セバスチャンはゆっくりしゃがんで、「チュルル、チュルル」と呼んでいる。猫はいったん立ち止まって、片方の前脚を上げ、ヒゲをピクピクさせながら丸くなった。それから、やおら体を伸ばして、ご主人様の方へすり寄って来て、彼の足元をぐるぐる回って、撫でてくれとせがんでいる。可哀相なネコちゃん。こうなっちゃうのね。緑のビー玉のつぶらな目をして、咽を鳴らしながらニャーニャー鳴いていた。私たちが歩き出すと、今度は犬みたいについて来る。
「ダメ、ついて来ちゃ」
私の言うことなんか、全然聞かない。セバスチャンが指を鳴らすと、猫はあっさり行ってしまった。
 ピッツェリアに入ると、アーチの下に離れて座った。
「プールを見ておいでよ。注文しておいてあげるから。マルガリータでよかったよね」
「なんで知ってるの?」
「ずっと前から知ってるさ」
 私は歩いて行きながらも、まだ驚きからさめていなかった。プールはレストランの真ん中あたりから、見下ろせるようになっていた。大きなガラス窓からプールを眺めていると、セバスチャンがやって来た。
「ここで初めて君を見かけたんだ」
一体、何の話し?彼はまた、私をじっと見つめた・・・
 私はある夜、レ・アールのプールに行った時のことを思い出していた。あの日、人はまばらで、私はといえば、自分が自由でエネルギーに溢れていて、大いなる愛に守られていると感じたのだった。彼は軽くウインクして、私の腕を引っ張って行った。
 
 あんなに食欲があったのは、久しぶりだった。オリヴィエとの破局を向えてからというもの・・・
「アンナ?」
私が顔を上げると、彼はにっこり微笑んだ。
「もう僕がいるから大丈夫だよ」
そうよね!彼と一緒にいるなんて、なんて幸せ!それから私たちは、ワインをもう一本注文して、お喋りして、ふざけ合った。自分の声が響きわたる。すべてが非現実的で、そしてまぎれもなく本当だった。