ここでは蟻たちがパリよりも大きいんだよ

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 夜になった。どの通りにも人気がない。鳥の声と、自分たちの足音だけを聞きながら、ふたりで、旧鉄道に沿って歩いて行った。田舎の匂い。落ち葉の焼ける匂いがする。空には、コウモリの大群が散らばったり、また渦巻き型にまとまったりしていた。歩道橋の上から、エッフェル塔が遠くにキラキラ輝いているのが見える。7時だ。もう行かなくちゃ。
 川岸に着いて、朝来た橋を戻る途中、私は振り返ってみた。教会が月の真下に、ぽつんと建っている。もう、思い出になっている。
 メトロの駅まで一緒に下りた時は、不安で気持ちが麻痺していた。彼は私のおでこにキスをした。
「さよなら」
私がぼんやり頷くと、そのまま何も言わずに行ってしまった。
 私は、車両の端っこに座った。地下鉄の真っ暗な車窓をじっと見ているうちに、何も見えなくなった・・・

 突然、私は目を開けた。眠っていたの、私?いつから・・・私はすっかり気落ちしてしまった。発車のベルが鳴っている。ああ、降りる所だ。ドアが閉まった。仕方なく反対のメトロに乗り換えて、留守電を聞いてみた。メッセージがひとつ。オリヴィエからで、スターバックスで待っているらしい。急いで駆けつけると、アジアが、私の首に飛びついてきた。
「ママ!」
「いたずらっ子!」
 いたずらっ子か・・・オリヴィエは電話中だ。電話を切ると、「すぐ行かなくちゃ」と言った。今日のところ、その方が助かる。アジアと、オリヴィエがオートバイで立ち去るのを見送った。アジアが、私の手をぎゅっと握ってきた。
「帰ろうか」
「うん」
 エレベーターを降りた時、妙に気にかかる物が目に入った。足拭きマットに吸い殻が落ちている。ドアを開けると、アジアは自分の部屋に駆け込んだが、すぐにピンクのメモボードを振り回しながら出て来た。
「ねえ、何て書いてあるの、これ?」
《またおいで!》