エレンの城で

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エレンのお母さんのリクエストで、モーツァルトのソナタから始めた。これも懐かしい曲だ。ピアノの音が水滴に聞こえる。半日前まで眠っていたはずのピアノは、今や若々しく艶やかで、どんどん私をエスコートしていく。また、私は止まらなくなってしまった。
確かに、この時私は、彼に連れて行かれたのだ。彼の長い物語へといざなわれて、私は素直について行ったのだった。そこは、彼の城。そして、その城には私の懐かしい黒い池が映っていた。私は彼の物語を聞きながら、同時に自分の物語と再会していた。私たちの物語は、ぶつかり合うことなく、水面に落ちる光や影のように、あらゆる模様を形づくりながら流れ続けた。そこには、騎士も少女もモーツァルトもベートーヴェンもドビュシーも、虫も鳥も、亡霊も、人間も、皆が存在を許されていた。物語は永遠に続くだろう。語りつくされることはないだろう。ショパンのノクターンの最後のトリルが鳴ると、水に浮かんだ「およびあそび」の白い花は、たおやかに頭をもたげた。
私はゆっくりと鍵盤から手を離し、顔を上げた。その時私は、この城のサロンで、実に神々しい光景を見たのだった。四組の夫婦が、それぞれにお互いの手を取り合い、抱擁し合って、キスを交わしていたのである。どの顔も紅潮して、相手の目をしっかり見つめていた。パトリックは涙で目を潤ませて、両手を広げて私を待っていた。そして私が近づくと、黙ってその大樹の幹のような胸にしっかり抱きとめてくれた。
瞼の奥の闇の中で小さな朱色の染みが弾けて、どこまでも広がっていった。